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Martin Eisler

1913 - 1977

マーチン・エイズレル

オーストリア・ウィーン生まれ。

マーチン・エイズレルは、1936年に建築の学位を取得しました。しかし、多くのヨーロピアンデザイナーがそうであったように、第二次世界大戦の影響により学業を終えた直後に引っ越しを余儀なくされました。最初は両親が住んでいたチェコスロバキアへ、その後1938年にはアルゼンチンへ。ここでエイズレルは建築家、インテリアデザイナーとしての活動を開始し、インテリアデザイン事務所(後にInterieur Forma)を開設しました。1950年代初頭、彼はブラジルに移住することを決意します。

 

一方、1927年イタリアのブレシアに生まれたカルロ・ハウナーは、イタリア・ミラノBrera Academyで製図とデッサンを学びました。1948年、ヴェネツィア・ビエンナーレに参加し成功を収めた後、ブラジルに渡り、テキスタイル、陶磁器、家具、建築のデザインに専念します。

 

1953年、ハウナーとマーチン・エイズレルは出会います。ハウナーは、義兄エルネスト・ウルフの家のために家具の製作を手伝ってくれる人を探していました。

二人はつながり、ウルフの資金援助を受けて、わずかな期間で家具製作会社を設立し、サンパウロの繁華街にあったリナ・ボ・バルディとその夫ピエトロ・バルディの工場を買い取り「Móvies Artesanal」(職人技の家具)と改名しました。高い志を持ち、国際市場や来るべきオフィス市場に目を向けていたMóvies Artesanal社は、後にForma社に改名します。Ocaとともに、Formaはブラジルの家具メーカーで最も有名な企業の1つとなりました。さらに、1959年以降、Knoll社の家具の独占販売権を獲得し、ミース・ファン・デル・ローエ、チャールズ・イームズ、ハリー・ベルトイア、マルセル・ブロイヤーといった国際的なデザイン界の巨匠をブラジルの家具市場に送り込むことに成功しました。

彼らの物語は、4つの国(イタリア、オーストリア、ブラジル、アルゼンチン)と数十年にわたり展開されています。この会社の歴史にはまだ多くの発見がありますが、彼らの優れた作品は、ラテンアメリカの活気あるモダンデザイン運動の例として、すでに高い人気を誇っています。

 

ハウナーとエイズレルのデザインは、ブラジル産の木材と細い筒状のフレームが特徴で、家具、陶器、テキスタイルなど多岐に渡ります。代表的なデザインは、コンチャ/ハイア・チェア、(英語では「シェル」チェアと呼ばれる)ラウンジチェアの「コステラ」があります。1958年、ハウナーはイタリア人の妻に勧められ、イタリアに戻り、ローマやバチカン市国のブラジル大使館などを顧客とするForma di Bresciaをオープンさせました。

やがて、ハウナーは会社を売却し、エイズレルは一人になり、シチリア島の上に浮かぶ小島サリーナで絵画とワイン造りに専念するようになりましたが、1997年にこの世を去りました。

 

Formaは1960年代から70年代にかけて隆盛を極め、彼のアルゼンチンでの最初の会社は、後にInterieur Formaと呼ばれるようになり、現在も存続しています。

ハウナーとエイズレルは多くの作品をデザインし制作しましたが、彼らの作品の深さと質は、まだ氷山の一角に過ぎません今後はさらに多くの興味深い作品がフィーチャーされていくでしょう。

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